堀良慶 略歴
サラリーマン時代の35才の頃から絵画収集を始める。
55才で三菱化学を早期退職
翌年(2000年11月1日)、柏わたくし美術館を開設。2009年現在9年目に入る。
2002年「わの会」;わたくし美術館とコレクターの会を創立、6年目、事務局長。

設立の想い
 心の癒し、心の活性の為にコレクションしてきました。精神世界の充実と拡大の為公開しています。社会貢献が目的です。格好をつけて「心の開放」をキャッチフレーズ、看板にしています。発信はあくまで全国向けを継続、優先しています。スタートはヤケノヤンパチ(笑い)。そして自分が楽しむことが出来ればそれで良い。

企画と運営について
1)  年5回程度の企画展
  (1)特定作家の個展、回顧展 70点目標
  (2)一人のコレクターのコレクション展  70点目標

2)  当初物故作家の展示を重点に運営
   物故者の企画展は力不足、現存作家中心に切り替え、力ある女流作家の発掘顕彰を推進
   *NHK日曜美術館にも野田哲也展が放映、日経、読売、朝日新聞にも記事掲載。勇気の気付け薬。

3)  企画展実施回数
   平成13(8回)、14(9回)、15(7回)、16(5回)、17(5回)、18年(5回),
  19年(4回)、20年(4回)毎月企画展の実施から一企画2ケ月間開催、休館月を導入
   特長
   ア 物故から現存へ イ 「わの会」会員のコレクション
   ウ 回顧展、コレクション展  エ 女流作家展

4) 条件 
  ・美術館使用料は無料、
  ・宣伝費、展示、キャプション作成、客の対応は美術館で負担、実施
  ・作家持ち:運搬費、保険
  ・販売は原則実施しない。
   販売実施の場合は極力画廊経緯で実施、もしくは販売出来た場合謝礼は極力作品でいただく。

5)  好きな企画展のみ実施  (絶対堅持すべき事項 笑い)

6) 来館者 30〜百数十名/企画 減少傾向 理由 鮮度減少

7) 実体はボランティア、健全な赤字経営。 最愛の家族の心からの支援があった。

「わたくし美術館」の経営経験による知見等
認識 ; 吹けば飛ぶような小美術館、美術館を名乗るのがおこがましい。気恥ずかしい。
     でも心は日本有数のコレクター気分(大笑い)

1) わたくし美術館のライフサイクルは3〜5年程度と推定します。
  節目は3年目(珍しさで3年間は続く、客が来る)、4年目以降は勝負。

2) 常設展のみでは来館者・レピーターは望めない。企画展は不可欠です。
  美術館の魅力を維持するには、新収蔵品の充実も重要です。

3) マスコミが勇気の気付け薬 良い企画が必要 40社へ投げ込み投稿実施。

4) 一般的な閉館理由
  ア 来館者の減少 イ 赤字拡大 ウ 収入の減少 エ 企画展の一巡  オ 家族の理解
  カ 加齢による体力、やる気の減退 

5) わたくし美術館の経営は赤字がベース。経営努力は赤字の減少となります。黒字経営は至難です。
  規模を大きくすれば赤字幅の拡大があると考えるべきです。

6) 開館継続期間の延長(余裕資金の状態にもよりますが)
  ア 立地条件は重要です。 特に交通の便が良く、観光地が良い。
  イ 喫茶、図書館の設置が好ましい。
  ウ イベントの実施
  エ 客の対象を地元重視か全国対象なのか明確にする。
  オ 家族の理解、説得が重要です。
  注意:イ、ウは単体で黒字化が好ましい。美術館の赤字補填と入館者増が目的です。

今後の方針
1) 開館の継続  当面10年間を目標(2010年) 現在9年目
2) 「わの会」の継続   当面10年間を目標(2013年)  現在6年目
3) 発掘顕彰の会設立準備  
4) コレクションの考え方
  1.時の試練を受けたレベルの高い作家、物故作家がスタート。これが基準。
  2.作家30点以上又は1作家300万円まで。
  3.発掘顕彰型コレクション、手垢のついた作家は避ける。
  4.世界に通用する作家。
  5.コレクションに塊りを作る。女流作家作品をコレクションしてゆく。

若い頃の思いの丈
 若い頃の思いの丈を深い穴に埋め、乱暴に蓋をした。40年の時を経て、私の56歳の時、その思いが土を除き、蓋を押し上げた。自宅を開放して柏わたくし美術館がオープンしたのです。
コツコツ収集してきたコレクション1000点を公開したのです。お蔭さまで8年間、多くの来館者に恵まれました。
柏わたくし美術館開館後、間もなく問題点に直面しました。コレクションを一巡してしまうと作品の鮮度が低下するのです。この言葉、本来は間違のように思いますが、日本の企画展中心の美術館運営が定着しており、その影響を受けるのです。絵に鮮度があるとは思いたくないのですがそれが現実です。 そこで、考案したのが「わたくし美術館の会」の旗揚げです。(現在は「わの会」と改名)全国のわたくし美術館をネットでくみ、作品の貸し借りを推進するのです。
加えてコレクターの元にあるコレクションを有効活用すべくコレクターも会に参加出来るように工夫したのです。コレクターの元に眠っている作品をわたくし美術館で公開、展示するのです。

 6年前、有志30名で発足した会は、口コミで毎年8名前後増え続けて現在では作家や、画商、修復家も参加し、全国70名となっています。わたくし美術館も14美術館が参加しています。
月一度の会報発行、四季報として会誌の発行、年4回実施される一点の絵を持って集まり思いを語る放談会の集まりも楽しみです。公開コレクション展を年一度開催して画集も作ります。私は事務局長として当初より会の運営に携わっています。
このようにして普通は3〜5年ほどで閉館してゆく「わたくし美術館」の寿命延長作戦は成功しています。
さて私のコレクションは時の試練に耐えた東京国立近代美術館、大原美術館、県立美術館に収蔵された芸術性の高い作家の中から好きな作家、主に物故作家の収集をしていました。市場価格の変動の影響を余り受けぬいわば頭の良い、手堅い、安全なコレクションでした。寄贈時、処分時に楽な作品を収集していたのです。コレクターとしては、ちょっと面白くないのです。

 私は、物故作家から自分の力に合った現存作家の企画展も開催するようになりました。代表作が手に入り易く、気軽に作家に作品をお願いすることも可能となります。例としては柏在住の東京芸大名誉教授野田哲也のコレクション36点です。2年前、NHK日曜美術館でも当館で開催の野田哲也展が紹介されました。コレクションは貸し出され仲間の美術館で展示公開されました。女流作家作品も重点的に収集しています。

 さて私の若い頃の思いの丈とは「作家志望」だったのです。その夢は、苦い出来事、反対に加え父の死によって諦めざるを得なくなりました。
コレクションも、柏わたくし美術館も、「わの会」の立ち上げ運営も、埋もれた作家、才能を持った若い作家を見ると応援したくなってしまうのも、若い頃の熱く、一直線のそして苦い思いがその源なのです。


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